2009年06月15日

名張毒ぶどう酒事件(なばりどくぶどうしゅじけん)とは

名張毒ぶどう酒事件(なばりどくぶどうしゅじけん)とは1961年三重県名張市の葛尾[くずお]地区の公民館で起きた毒物混入事件のこと。中毒で5人が死亡し「第二の帝銀事件」として世間から騒がれる。容疑者として捕まり死刑が確定している男性は、現在も無実を主張し再審請求中。

事件を調査した評論家・青地晨(あおち しん)は、自著の中で「現場地域の保守性・閉鎖性」を指摘している。

1961年3月28日夜、三重県名張市葛尾の公民館分館で、地区の生活改善クラブ「三奈の会」の総会が行われた。この席で男性には日本酒が女性にはぶどう酒が出されたが、ぶどう酒を飲んだ女性15人が急性中毒の症状を訴え、うち5人が亡くなった。

捜査当局は男達が飲んだ清酒では中毒症状が無かったことから、女性が飲んだぶどう酒に原因があるとして調べる。その結果、ぶどう酒に農薬が混入されていることが判明。

事件発生当初の4月3日、農薬混入の自白をしたとして、「三奈の会」会員の男性が逮捕された。犠牲者の中に妻と愛人がいたことから、三角関係を一気に解消しようとした、というのが犯行の動機とされる。しかし男性は、取り調べ途中から犯行否認に転じる。
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1964年12月23日、一審の津地方裁判所(小川潤裁判長)は、目撃証言から導き出される犯行時刻や、証拠とされるぶどう酒の王冠の状況等と、男性の自白との間に矛盾を認め、無罪を言い渡す。検察側は、判決を不服として名古屋高等裁判所に控訴した。

1969年9月10日、二審の名古屋高裁は、一審の判決をくつがえし、死刑の判決を下す。目撃証言の変遷もあって犯行可能な時間の有無が争われたが、名古屋高裁は時間はあったと判断、王冠に残った歯形の鑑定結果も充分に信頼できるとした。男性は、判決を不服として最高裁判所に上告した。

1972年6月15日、最高裁は上告を棄却。男性の死刑が確定する。

1974年、1975年、1976年、1977年、1988年、と5次にわたる再審請求はすべて棄却される。1980年9月、請求審で初の現場検証、1986年6月、請求審で初の証人尋問。1988年12月、名古屋高裁が再審請求を棄却。 1993年3月に名古屋高裁が異議申立の棄却、4月に弁護団が最高裁に特別抗告。1997年1月に最高裁が特別抗告の棄却、同年に第6次再審請求の棄却、1998年10月に名古屋高裁が再審請求を棄却、弁護団が異議申し立て、1999年9月に名古屋高裁が異議申立の棄却、弁護団が最高裁に特別抗告、2002年4月に最高裁が特別抗告の棄却、同年に第7次再審請求。

2005年2月、毒の特定で弁護側鑑定人を証人尋問、4月5日、名古屋高裁(第一刑事部・小出錞一裁判長)が再審開始を決定する。同時に死刑執行停止の仮処分が命じられた。王冠を傷つけずに開栓する方法が見つかったこと、自白で白ワインに混入したとされる農薬(ニッカリンT、有機リン系の殺虫剤、TEPP(テップ)剤の一種)が赤い液体だとわかったこと、残ったワインの成分からしても農薬の種類が自白と矛盾すること、前回の歯形の鑑定にミスが見つかったこと、などが新規性のある証拠だと認めた。

しかし同年4月8日、検察側は、異議申立を行い、2006年9月に毒の特定につき弁護側鑑定人を証人尋問したが、12月26日に名古屋高裁(第2刑事部・門野博裁判長)が再審開始決定を取り消す決定を下した(死刑執行停止も取り消し)。その為、2007年1月4日に弁護側が最高裁に特別抗告した(最高裁が特別抗告を認めた場合は、再審開始が確定、死刑執行が停止される。特別抗告を棄却した場合、再審開始決定と死刑執行停止の取り消しとともに再審請求の棄却が決定する)。

2009年現在、男性は名古屋拘置所に拘留中。

死亡した人物 [編集]
30歳女性(「三奈の会」会長の妻、死刑囚の隣家)
34歳女性(死刑囚の妻)
25歳女性(前「三奈の会」会長)
36歳女性
36歳女性(死刑囚の愛人)

2009年05月29日

ピュロン

ピュロン(Pyrrho、紀元前360年頃 - 紀元前270年頃)は古代ギリシャ、エリス出身の哲学者であり、古代の最初の懐疑論者として知られており、アイネシデモスによって紀元前1世紀に創始されたピュロン主義の起源として知られている。

ディオゲネス・ラエルティオスはアポロドーロスを引用して次のように述べている。ピュロンはもともと画家であり、彼の絵はエリスの学校に保存されていた。後にデモクリトスの著作によって哲学の道へと導かれ、ブリソンやスティルポによってメガラ派の弁論術に習熟するようになった。

アナクサルケス(w:Anaxarchus)によれば、ピュロンはアレクサンドロス大王の東征に随い、インドでは裸の哲学者たち、ペルシャではマギたちに学んだとされる。東洋哲学からみると、彼は孤独な生活を受け入れていたように映ったようである。エリスに戻ってからは貧困に生きたが、エリス人たちは彼を尊敬し、またアテネ人たちは彼に市民権を授与した。彼の思想は主に、弟子のプリウスのティモン(Timon of Phlius)による風刺文学によって知られている。

ピュロンの思想は不可知論'Acatalepsy'という一言で言い表すことができる。不可知論とは、事物の本性を知ることができない、という主張である。あらゆる言明に対して、同じ理由付けをもってその逆を主張することができる。そのように考えるならば、知性的に一時停止しなければならない、あるいはティモンの言を借りれば、いかなる断定も異なった断定に比べてより良い、ということはない、と言えるだろう。そしてこの結論は、生全体に対してあてはまる。それゆえピュロンは次のように結論付ける。すなわち、何事も知ることはできない、それゆえ唯一適当である態度は、アタラクシア(苦悩からの開放)である、と。

ピュロンはまた、知者は次のように自問しなければならないと言う。第一は、どのような事物が、どのように構成されているのか。次に、どのように我々は事物と関係しているのか。最後に、どのように我々は事物と関係するべきか。ピュロンによれば、事物そのものを知覚することは不可能であって、事物は不可測であり、不確定であり、あれがこれより大きかったり、あれがこれと同一だったりすることはない、とされる。それゆえ、我々の感覚は真実も伝えず、嘘もつかない。それゆえ、我々はなにも知ることがない。我々は、事物が我々にどのように現れてくるか、ということを知るだけなのであり、事物の本性がいかなるものか、ということについては知ることがない。
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知識を得ることが不可能だということになれば、我々が無知だとか不確実だという点を考慮に入れても、人は無駄な想像をして議論を戦わせていらいらしたり激情を抱いたりすることを避けるだろう。ピュロンによるこの知識が不可能だという主張は、思想史的には不可知論'Agnosticism'の先駆でありまたその最も強い主張である。倫理学的には、ストア派やエピクロス主義の理想的な心の平安と比較される。

重要な点であるが、懐疑論の定める基準によれば、ピュロンは厳密には懐疑論者ではない。そうではなく、彼はむしろ否定的ドグマ主義者'negative dogmatist'であった。世界において事物がいかにあるか、という視点からみるならば彼は「ドグマ主義者」であり、知識を否定するという面から見るならば彼のドグマは「否定的」なのである。

ピュロンは紀元前270年頃、懐疑論に束縛されるあまり、不運な死を遂げたと言われている。伝説によれば、彼は目隠しをしながら弟子達に懐疑主義について説明しており、弟子達の、目前に崖があるという注意を懐疑したことにより不意の死を迎えたと言われている。しかしこの伝説もまた疑われている。

2009年04月26日

白河院政

次の白河の母も摂関家ではない閑院流出身で中納言藤原公成の娘、春宮大夫藤原能信の養女である女御藤原茂子であったため、白河は、関白を置いたが後三条と同様に親政を行った。白河は応徳3年(1086年)に当時8歳の善仁皇子(堀河天皇)へ譲位し太上天皇(上皇)となったが、幼帝を後見するため白川院と称して、引き続き政務に当たった。一般的にはこれが院政の始まりであるとされている。嘉承2年(1107年)に堀河が没するとその皇子(鳥羽天皇)が4歳で即位し、独自性が見られた堀河時代より白河は院政を強化することに成功した。白河以後、院政を布いた上皇は治天の君、すなわち事実上の国王として君臨し、天皇は「まるで東宮(皇太子)のようだ」と言われるようになった。

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ただし、白河は当初からそのような院政体制を意図していたわけではなく、結果的にそうなったともいえる。白河の本来の意志は、皇位継承の安定化(というより自系統による皇位独占)という意図があった。弟である実仁親王・輔仁親王が有力な皇位継承候補として存在している中、我が子である善仁親王に皇位を譲ることでこれら弟の皇位継承(およびそれを支持する貴族)を断念させる意図があった。佐々木宗雄の研究によれば、『中右記』などにおける朝廷内での政策決定過程において、白河がある時期まで突出して政策を判断したことは少なく、院政開始期には摂政であった藤原師実と相談して政策を遂行し、堀河の成人後は堀河と関白藤原師通が協議して政策を行って白河に相談を行わないことすら珍しくなかったという。これは当時の国政に関する情報が天皇の代理である摂関に集中する仕組となっており、国政の情報を独占していた摂関の政治力を上皇のそれが上回るような状況は発生しなかったと考えられている。だが、師通の急逝と若年で政治経験の乏しい藤原忠実の継承に伴って摂関の政治力の低下と国政情報の独占の崩壊がもたらされ、堀河は若い忠実ではなく父親の白河に相談相手を求めざるを得なかった。更にその堀河も急死して幼い鳥羽天皇が即位したために結果的に白河による権力集中が成立したとする。

直系相続による皇位継承は継承男子が必ずしも確保できる訳ではなく、常に皇統断絶の不安がつきまとう。逆に多くの皇子が並立していても皇位継承紛争が絶えないこととなる。院政の下では、「治天の君」が次代・次々代の天皇を指名できたので、比較的安定した皇位継承が実現でき、皇位継承に「治天の君」の意向を反映させることも可能であった。

また、外戚関係を媒介に摂政関白として政務にあたる摂関政治と異なって、院政は直接的な父権に基づくものであったため、専制的な統治を可能としていた。院政を布く上皇は、自己の政務機関として院庁を設置し、院宣・院庁下文などの命令文書を発給した。従来の学説では院庁において実際の政務が執られたとされていたが、鈴木茂男が当時の院庁発給文書に国政に関する内容が認められないことを主張し、橋本義彦がこれを受けて院庁政治論を痛烈に批判したため近年では、非公式の私文書としての側面のある院宣を用いて朝廷に圧力をかけ、院独自の側近を院の近臣として太政官内に送り込むことによって事実上の指揮を執ったとする見解が有力となっている。これら院の近臣は上皇との個別の主従関係により出世し権勢を強めた。また、上皇独自の軍事組織として北面の武士を置くなど、平氏を主とした武士勢力の登用を図ったため、平氏権力の成長を促した。そのため、白河による院政開始をもって中世の起点とする事もある。

2009年04月09日

英領北アメリカでの記録

英領北アメリカでの記録に残る最初のアフリカ人は、1619年にバージニア州ジェームズタウンに入植した年季奉公人とされている。イギリス植民地時代からアメリカ独立初期にかけては、完全な奴隷制に移行する18世紀初頭までには、比較的自由に生活するアフリカ人も見られた。その後大西洋間奴隷貿易でアフリカから奴隷として連れてこられた人が増加し、1860年までにアメリカ合衆国には350万人の奴隷にされたアフリカ人と、その他の奴隷ではない50万人のアフリカ人がいた。 (参考ページ:黒人奴隷クンタの20年間 =「世界商品」の生産と黒人奴隷制度=)

リンカーン大統領の奴隷解放宣言で奴隷制が廃止されて以後も、政治的、人権的な権利の制限はつづいた。

南北戦争で奴隷制度の撤廃を目指す北部が勝利した後、かなり以前から奴隷制度を禁止していた北部ではアフリカ系アメリカ人に対する差別意識は比較的薄く、ニューヨークやシカゴではアフリカ系アメリカ人の市長が誕生した前例がある。しかし、長い間アフリカ系アメリカ人奴隷の労働力に依存した南部では、アフリカ系アメリカ人に対する差別意識が強く残り(ジム・クロウ法)、アフリカ系アメリカ人に対しアメリカ全土で法の下の平等が保障されるのは、1960年代の公民権運動を待たなければならなかった。

なお奴隷制度廃止後、奴隷から解放されて自由になったアメリカ黒人(解放奴隷)の自由の国として西アフリカにリベリアとシエラレオネが建国されたが、皮肉にも両国とも内戦で最貧国である。特にシエラレオネは子供までもが戦争に狩りだされ殺戮を行うなど、差別を受けながらも後に社会的な地位を上げたアフリカ系アメリカ人とは雲泥の差の生活を強いられている。またカナダのほうが奴隷廃止が早かったためにアメリカの奴隷がカナダに移住した事があった。

また、第二次世界大戦においては、人手不足からアフリカ系アメリカ人も軍人として戦争に参加することになった。当時「民主主義の武器庫」を自認していたアメリカであったが、「民主主義」という言葉とは裏腹に、大戦中に将官になったアフリカ系アメリカ人は准将だけであり、実際の戦闘に参加したものはわずか5%のみで、残りの殆どが後方支援業務に就かされるなど、参戦によっても差別は解消できなかった。

1950年代以降、マーティン・ルーサー・キングなどを指導者に、アフリカ系アメリカ人をはじめとする被差別民族に対する法的平等を求める公民権運動が盛り上がりを見せる。その結果、1964年7月2日に法の下の平等を規定した公民権法(Civil Rights Act)が制定された。 また彼らの人種間の融和は皮肉なものであり、例えばベトナム戦争の時は白人と黒人が共に同等で戦った事、南アフリカ共和国ではアメリカ人は世界一の経済大国の国民であるためかアパルトヘイトで白人同等の扱いを受けている事である。

しかし法的な差別が撤廃され、それがゆえに「自由な国家」であることを標榜する現在においても、白人がその多数を占めるアメリカ社会での少数派(現在約20%)である黒人に対する差別意識は根強く残り、白人に比べれば遥かに低学歴な貧困層が多い。

現在、黒人社会において質の高い公教育を提供する行政実験が行われており、特別な家系ではない黒人の子女がハーバード大を代表とする多くの名門校に進学する実績を挙げつつある。スポーツ界でも黒人選手は恵まれた運動神経であるために少数民族であるにもかかわらず大いに活躍し、黒人野球選手は17%という少ない数であるが、黒人アメフト選手は70%、黒人バスケットボール選手は80%という大多数を占めている。 後に黒人の社会的地位が向上し、コリン・パウエルやコンドリーザ・ライスなど国政の中枢にまで登り詰める人物が目立つようになった。そして、2009年には、ケニア人(黒人)の父とアメリカ人(白人)の母を持つバラク・オバマが初の黒人大統領として第44代アメリカ合衆国大統領に就任するなど、差別解消運動の成果が顕在化しつつある。

アフリカ系アメリカ人への主な差別 [編集]
アフリカ系アメリカ人は奴隷解放から100年たっても20世紀初頭までは差別がひどくスポーツや歌手や俳優などでも白人から差別を受け、キング牧師の登場まで学校やレストランやトイレやバスも人種で分けられていた。差別的な警官により暴力を受け、誤射の凶弾に倒れたりする事もあり、裁判でも黒人が白人より重い刑を受けたり死刑執行率が高い場合もある。そのためロス暴動のような差別への怒りの暴動が頻繁に起きたりする。現在は黒人が歌手、俳優、スポーツ選手、政治家として活躍して人気も出ており、オバマ大統領の就任も白人層からも大いに歓迎され、半世紀前に比べ遥かに差別意識が薄れてきた。しかしKKKのような白人至上主義者が未だに存在するために完全に差別は撤廃されたわけではなく、黒人の社会的地位上昇のために就職や大学の採用試験などの合格枠が人種で区別する事で逆差別と感じる反黒人感情の白人が増え、オバマ大統領でさえも当選直前から就任後に白人至上主義者からの暗殺未遂を受けたりする事がある。

かつて奴隷貿易を行ったアメリカを敵視する反米思想の持ち主からはアフリカ系アメリカ人を『裏切り者』と見なされているようで、軽蔑の対象とされている。例えば反白人感情の独裁者のロバート・ムガベは自国を非難し経済制裁を要求したライスを『白人の奴隷』『アンクル・トム(白人に媚を売る黒人に対する侮辱用語)の娘』と侮辱し、十字軍やキリスト教やアメリカを敵視しているアルカイダのナンバー2であるアイマン・ザワーヒリーは大統領に就任したオバマを『ハウス・ニグロ』(この言葉は米国の奴隷制時代に家庭内で家事を行う黒人奴隷を意味しており、家の外で過酷な肉体労働を行う黒人奴隷からは「裏切り者」を意味する言葉である)と呼び、さらにパウエルやライスも侮辱した。

他国のアフリカ系国民  [編集]
イギリスやフランスはアフリカに旧植民地を保有した影響で、移民により多くのアフリカ系住民が住んでいる。しかしアフリカ系フランス人はスポーツ選手以外ではアフリカ系アメリカ人よりも社会進出に遅れており、未だに多くが貧困層でスラム街に住んでおり、差別への怒りに対する暴動が起きる事もある。カナダでは2.5%の78万人のアフリカ系カナダ人が存在しており、ミカエル・ジャンというハイチからの黒人女性がカナダ総督に任命されている。つまり2009年現在は米加両国の最高指導者がアフリカ系が就任している事になっているが、日本ではあまり話題になっていない。

ダイビ ワサビン ナンピン ライトウイ ブーケ ラケット スーパ スキッダ プラネット 組曲 ナイロン リテラ オーベル シェアリ 白鳳支援 ムート ふるさと ジャパニ キチネッウ ヌビア てかばん クロア パート ラザーニャ ファイター ナポレオン ファタ ウコン パワー ブース ロビューム クーペ ラゴス ユグノー チラム トラサ あわせばお アカ パンフレット スパン バドミン ミレー フルー ミリーカー スカイプ ファン トリプ ハジ カソード シノニム

2009年03月25日

あだしが原心中鴉地獄

アニメ放映前に製作されたドラマCD。原案は原作者の写楽麿。

前述の通り、主要人物のキャストはアニメ版と異なっている。
キッズ ダーツ すぎな ゼンス サイド カッド 羊の歩み ジニア テンゴリラ ハミング タイトピ すくなか ゲルマ シガレット オーガィ パーシ ヒトゲ メーション ダーパア シリカセ パワー オーテア ミステリー イアタ バクシーシ ミトラ 日本全 ハンガー グプラン インツ ゼウス ピラティ ビーチ フェース ジョッ コアラー スターチ インキャラ チューニ なんぽろ チラリ レーザー だいだい レンニン リケーション トロー ブリッチ マスアキ テンプツ ステーツ


夢話悲恋幻想奇譚 [編集]
読み:ゆめばなしひれんげんそうきたん

原題は『夢話悲恋幻想奇譚 人形草紙あやつり左近 異聞』。原作のみのアニメ未放映話だったが、後にドラマCD化され、ジャンプ ジェイ ブックスでも書き下ろしとして小説化されている。CDドラマは、オリジナル・ドラマ・アルバム?「異聞 夢話悲恋幻想奇譚」に収録されている。

小泉 春香(こいずみ はるか)
声:内川藍維
右近を作ったとされる明治時代の女性。左近が右近が作られたとされる繰人村(くりびとむら)の近くの森で出会った。年齢は20歳前後だが、代々続く人形職人の家に生まれ、先代の卯之助であった父を亡くした後は、三代目卯之助を襲名している。箱入り娘として育てられたのか、世間知らずな一面がある。父が村人のために負った借金を抱え込んでおり、没落の危機に瀕している。
倫介(りんすけ)
声:くまいもとこ
春香の幼馴染で、彼女の家で使用人として働いている少年。風貌や性格は右近そっくりで、推理に悩む左近をまるで右近のように助ける。とある事情から殺人犯として追われている。小説では、10年前の洪水で家や家族を失い、身寄りのない所を先代の卯之助に引き取られた事が明かされており、それに対する恩義から、春香を立派な人形師にしたいと思っている。しかしながら、それは建前で、本心は春香への想いが強い。最終的に春香を庇い殺されるが、その髪の毛は春香によって人形の毛へと使われる。それが右近人形である。
黒川 弦之助(くろかわ げんのすけ)
繰人村で金融業を営む男。元は先代の卯之助の元で働いていた人形師だったが、数年前に職替えして金貸しとなり、高い利子で暴利を得ていた。飢饉の年に、先代の卯之助が村の長として村人達のために借りた借金の返済を春香に迫っていた。
轟 遊介(とどろき ゆうすけ)
黒川の用心棒を務めている警察署長。金貸しという職業上、敵の多い黒川の毒見役も兼ねている。殺人犯として逃走した倫介の行方を追っている。

怨恋振袖業火地獄 [編集]
読み:おんれんふりそでのごうかじごく

オリジナル話。アニメ最終話『恋花時雨咲乱舞』から三ヶ月後を描いた続編的内容で、特に左近と四帆の関係にスポットを当て、左近の心情を掘り下げていく。プロットは、アニメ版の監督を務めるまついひとゆきによるもの。オリジナル・ドラマ・アルバムII「外伝 怨恋振袖業火地獄」に収録されている。

雨宮 冬季(あめみや ふゆき)
声:桑島法子
四帆のクラスメートにして友人。自分が最近何者かから命を狙われている事を彼女が四帆に相談した事から物語が始まる。幼い外見に反して、周りに流されない芯の強い性格。裕福な家庭に生まれるも、父親は病気で入院しており、義姉・美晴には冷たくあしらわれている。
雨宮 美春(あめみや みはる)
声:落合るみ
冬季の義姉で、四帆達の学校の先輩にあたる。高校3年生。雨宮家の養女として迎え入れられた過去を持ち、その事もあってか、冬季との仲は良好ではなく、彼女に冷たく当たっている。一方で、実兄・陽介との仲は良い。
鈴鳴 未知(すずなり みち)
声:田中理恵
美春の友人で、美春やめぐみと夜から朝まで怪談話をして楽しんでいる。美春の兄・陽介に対して何故か嫌悪の眼差しを向けている。
佐原 めぐみ(さはら めぐみ)
声:大原さやか
美春の友人。美春と未知とは共に怪談話をし合う間柄。未知とは対照的に、陽介に密かに想いを寄せている。
雨宮 陽介(あめみや ようすけ)
声:森川智之
美晴の実兄で、四帆達の通う女子高の美術教師を務める。妹・美春と違い、冬季を「冬ちゃん」と呼び親しく接している。しかしながら、四帆からは「嘗め回すような目で見られるのが気に入らない」と苦手に思われている。

アニメ [編集]
1999年10月8日から2000年3月31日までWOWOWで放映。全26話。DVD全9巻が発売された。キッズステーションでも一時期放映されていた。

原作にはない要素が数多く織り込まれており、第18話からはアニメオリジナルのエピソードが展開する。

2009年03月10日

ダダイスム(Dadaïsme)

ダダイスム(Dadaïsme)とは、1910年代半ばに起こった芸術思想・芸術運動のことである。単にダダとも。第一次世界大戦に対する抵抗やそれによってもたらされた虚無を根底に持っており、既成の秩序や常識に対する、否定、攻撃、破壊といった思想を大きな特徴とする。ダダイスムに属する芸術家たちをダダイストとよぶ。

1910年代半ばにヨーロッパのいくつかの地方やニューヨークなどで同時多発的かつ相互影響を受けながらその流れは発生した。「ダダ」という名称は1916年にトリスタン・ツァラが命名したため(辞典から適当に見つけた単語だったとも言われる)、この命名をダダの始まりとすることもある。ツァラなどによってチューリッヒで行われた、特にチューリッヒ・ダダと言われる運動は、キャバレー・ヴォルテール(Spiegelgasse 1 番地に往時の様子を偲ぶことができる)を活動拠点として参加者を選ばない煽動運動的要素も孕んでいた。

同様の活動について都市ごとに、

チューリッヒ・ダダ(1915年頃-1920年頃、主要な参加者は、ヒューゴー(フーゴー)・バル、ハンス(ジャン)・アルプ、リヒャルト・ヒュルゼンベック、マルセル・ヤンコ、トリスタン・ツァラ、ハンス・リヒター、ゾフィー・トイバーなど)
ニューヨーク・ダダ
ベルリン・ダダ(1917年頃-1922年頃、主要な参加者は、リヒャルト・ヒュルゼンベック、ゲオルゲ・グロッス、ジョン・ハートフィールド、ラウル・ハウスマン、ヨハネス・バーダー、ハンナ・ヘッヒ、ヴァルター・メーリング、ゲルハルト・プライス、ヴィーラント・ヘルツフェルデなど)
ケルン・ダダ(1917年頃-1922年頃、主要な参加者は、マックス・エルンスト、ヨハネス・テオドア・バーゲルト[本名アルフレート・グリューンバルト])
ハノーヴァー・ダダ(1917年頃-1922年頃、主要な参加者は、クルト・シュヴィッタース)
パリ・ダダ(1919年頃-1924年、主要な参加者は、アンドレ・ブルトン、ジャン・クロッティ、ポール・エリュアール、ベンジャミン・ペレ、フィリップ・スポー、ルイ・アラゴン、ジョルジュ・リブモン=デセーニュ、ジャック・リゴー、テオドア・フラエンケルなど)
などがある。1918年にチューリッヒでツァラによりダダ宣言(第2宣言)がなされる。その後1922年頃にツァラとアンドレ・ブルトンとの対立が先鋭化し、ダダから離脱したブルトン派によるシュルレアリスムの開始と前後して勢いを失った。

ドイツの画家ハンス・リヒターは1910年代半ばから1920年代にかけて、ダダイスム映画作品も手がけている。
ダダイスムに立脚した写真表現も存在する。第一次大戦と続く第二次大戦を通じて形成された虚無感を背景に、常識や秩序に対する否定や破壊といった感覚を表現の基調とする。

ダダと呼べるような写真作品を残している代表的な写真家・美術家に、マン・レイ、クリスチャン・シャド、マックス・エルンスト、ジョン・ハートフィールド、クルト・シュヴィッタース、ハンナ・ヘッヒ、ラウル・ハウスマンなどが挙げられる。

ダダに特に多い写真表現としては、フォトモンタージュがある。単に写真を切り貼りしたというコラージュというような作品から、より緻密に1枚の作品に仕上げているものまであり、後者の作品は、シュルレアリスムの写真へもつながっていく。複数の写真を組み合わせることにより、比較的に容易に、意外性を生じさせたり社会風刺ができるところに、ダダイストたちがフォトモンタージュを好んだ理由の1つがあると推測される。

日本
日本においては、戦前は、美術の分野において 村山知義、柳瀬正夢らのMAVO、文学の分野において辻潤、高橋新吉、吉行エイスケ、北園克衛らの活動がある。

戦後は、1960年代にネオダダを標榜して高松次郎・赤瀬川原平・中西夏之らによるハイレッド・センターが「東京ミキサー計画」などのハプニングイベントを遂行した。

なお、ウルトラマンに登場した三面怪人ダダのネーミングは、ダダイスムに由来するという。ちなみに、「ブルトン」の名を持つ怪獣もウルトラマンに登場している。
ソルジャー ルーツ りゅうき キャリ ニジェール ロック レード ハレルヤ こごた 茶色の小 バックシ タイヤ シホウチ コラン サイレ ジャーキー ハプテン ファースト ハプ くみん ケニア モンバ ギア ルーブル ニサバル 一致団 モザン パゴダ ツーソン カナイマ レツレツ ファイザー レジレソ フリートーク ひらたけ オペラ レソト チェダー レシオ サバト おとぎ ワッペ リップ エピス ハーフメイ モダニ マスツ アデス ディンイン すながわ

主な芸術家
ギヨーム・アポリネール
ルイ・アラゴン(Louis Aragon; 1897年-1982年)
ジャン・アルプ(ハンス・アルプ)(Hans Arp, Jean Arp; 1887年-1966年)
ポール・エリュアール(Paul Eluard; 1895年-1952年)
マックス・エルンスト(Max Ernst; 1891年-1976年)
ジョージ・グロス(ゲオルグ・グロッス)(George Grosz; 1893年-1959年)
ジャン・クロッティ(Jean Crotti; 1878年-1958年)
クリスチャン・シャド
クルト・シュヴィッタース(Kurt Schwitters; 1887年-1948年)
フィリップ・スポー(Philippe Soupault; 1897年-1990年)
サルバドール・ダリ
トリスタン・ツァラ(Tristan Tzara; 1896年-1963年)
マルセル・デュシャン
ゾフィー・トイバー(Sophie Taeuber; 1889年-1943年)
ラウル・ハウスマン(Raoul Hausmann; 1886年-1971年)
ヨハネス・テオドア・バーゲルト(本名アルフレート・グリューンバルト; Alfred Emanuel Ferdinand Grünwald)(Johannes Theodor Baargeld; 1892年-1927年)
ヨハネス・バーダー(Johannes Baader; 1875年-1955年、または、1876年-1955年、または、1875年-1956年)
ジョン・ハートフィールド(John Heartfield, Helmut Herzfelde; 1891年-1963年)
ヒューゴー・バル(フーゴー・バル)(Hugo Ball;1886年-1927年)
リヒャルト・ヒュルゼンベック(Richard Huelsenbeck; 1892年-1974年)
ライオネル・ファイニンガー
ゲルハルト・プライス(Gerhard Preiss; )
テオドア・フラエンケル(Théodore Fraenkel; 1896年-1964年)
アンドレ・ブルトン(André Breton; 1896年-1966年)
ハンナ・ヘッヒ(Hannah Höch; 1889年-1978年)
ヴィーラント・ヘルツフェルデ(Wieland Herzefelde; 1896年-1988年)
ベンジャミン・ペレ(Benjamin Péret; 1899年-1959年)
ヴァルター・メーリング(Walter Mehring; 1896年-1981年)
マルセル・ヤンコ(Marcel Janco; 1895年-1984年)
ジャック・リゴー(Jacques Rigaut; 1899年-1929年)
ハンス・リヒター(Hans Richter; 1888年-1976年)
ジョルジュ・リブモン=デセーニュ(Georges Ribemont Dessaignes; 1884年-1974年)
マン・レイ

2009年02月22日

幼生(ようせい)

幼生(ようせい)とは、動物一般における子供のことを指す言葉である。動物群によってさまざまな名称がある。
ズンイン 紅葉遊 ミライン バックラ バンカメ コート トケーオー プチポワ スエード シート バーレル たいはく クール グワナ 江戸一 ひだまり チーク プラトーン ワンウェイ チャンス ナブスター フウトウ バリカ シェイク プロテ プロダク ルイジ ティブ 紫式部 まさかき ハンド はわい ネクタイ シタール ギガビ トラン モニタリ スキニー ネオナチ ポット ソイド スター 美人薄命 ググイウ リアリ サーチイスノ シンハ はさま セッション ナック

動物のほとんどは卵を産み、そこから孵化したものは親より小さく、構造が単純なものである。それらは次第に成長し、形を変えて親の姿になる。そのような、卵から産まれて親になるまでのものを一般に幼生(ようせい en:Larva pl.Larvie)という。これに対して、親のことを成体と言う。

普通、幼生と言われるのは卵から孵化して、独立に栄養を取り、成長して親になるまでの間の個体である。卵の中にある間はこれを胚と言い、また、胎生や卵胎生のもので、親の体内にいる場合これを胎児という。ただし、分類群によって孵化の時期は異なり、近縁なグループでは既に孵化している段階のものが、別のグループではいまだに卵の中にいるという場合もある。極端なものでは親の体内で卵が親の段階にまで成長してしまうものもあり、この場合には幼生の時期はない、とも言える。しかし、近縁の群で見られる幼生の姿が卵の中で形成される場合も多く、その形態が明確な場合には、それをその幼生の名で呼ぶことも可能である。

幼生は親に似ている場合もあれば、全く異なった姿である場合もある。異なった姿の親子は、その生活も全く異なっている場合もある。成長の途中で構造が大きく変化する場合、これを変態と言う。

幼生の形は分類群によりさまざまであり、それぞれに固有のものがあるので、それぞれに命名されている。海産無脊椎動物では、幼生の時期をプランクトンで暮らすものがあり、それを幼生プランクトンという。そのようなものでは、親とのつながりが分かる前に、幼生が発見され、独自に命名される場合もある。そのような例に、ホウキムシの幼生であるアクチノトロカ幼生や、イセエビなどの幼生のフィロソマがある。また、いまだに幼生しか発見されていない動物もある。

一般に、幼生と成体の違いは繁殖力の有無である。繁殖能力の獲得をもって、成熟の目安とするのが普通である。しかし、中には幼生が大いに繁殖する例もある。ただし、その繁殖は普通は無性生殖かそれに近い形を取る。

系統との関係
近縁な動物群の間で、幼生の形が共通であるのはよく見られることである。むしろ、幼生に共通点があることは、それらの動物群の間の類縁関係を示す証拠と見られる場合が多い。フジツボやエビヤドリムシなど、甲殻類の固着性や寄生性のものには、ほとんど節足動物らしい形を失ったものもあるが、これらの幼生では、はっきりと節足動物、それも甲殻類の幼生と共通の形(ノープリウス)が見られる。これ以外の仲間でも、固着性や寄生性のものでは、本来の体勢の特徴を失っているものが多いが、幼生にそれが見られるのはよく見られる現象である。

幼生の形が共通することは、それだけ進化の過程において多くを共有してきたものと見なすのが、反復説である。その可否は置くとしても、いくつかの門に共通する構造の幼生がある場合、それらの類縁性を考えるのが普通である。たとえば環形動物と軟体動物などに見られるトロコフォア幼生がそのような例である。

呼称
多くの動物の幼生にはラテン語系の名がつけられている。日本ではこれの読みのカタカナ表記に幼生をつけて呼ぶことが多い。ただし、プラヌラやポリプ、レディアやケルカリアなど、慣用的に幼生をつけないことが多いものもある。

また、幼生という言葉自体を用いない例もある。陸上脊椎動物に対しては、まず使わない。幼獣や幼体などが使われることが多く、一般的には子供も使われる。鳥類に対しては幼鳥または雛(ひな)が用いられる。

節足動物では、昆虫に例外が多い。まず、幼生ではなく幼虫を使う。それに、個々の幼虫に対して慣用的に使われる名前(イモムシ・ケムシ・ボウフラ・ヤゴ・ウジ等)が多いので、一般にはそれで流通する。また、蛹と呼ばれる時期もある。

昆虫に倣って、陸上の節足動物では、幼虫が使われることも多い。学問的には、昆虫の場合も含めて幼生が使われる。ダニなどでは若虫という名で呼ばれる時期もある。

なお、花虫綱以外の刺胞動物の場合には、クラゲの姿が有性生殖を行うので、ポリプは幼生という位置付けになるが、ポリプは無性生殖を行い、クラゲ以上に長命であったり、より発達した姿である場合もあり、これを独立した世代とみなす見方もある。その場合、その生物はクラゲとポリプの二つの世代をもつ、世代交代を行うという。

代表的な幼生の名
刺胞動物:プラヌラ - ポリプ - ストロビラ - エフィラ - アクチヌラ
扁形動物
条虫類:六鉤幼生 -
吸虫類:ミラキディウム - スポロシスト - レディア - ケルカリア
紐形動物:ピリディウム
軟体動物(一般):トロコフォア
貝類:ベリジャー
環形動物・内肛動物・星口動物:トロコフォア
箒虫動物:アクチノトロカ
節足動物
甲殻類:ノープリウス - メタノープリウス
エビ類:ゾエア - ミシス、フィロソマ
カニ類:ゾエア - メガロパ
昆虫:幼虫(イモムシ・ケムシ・シャクトリムシ・ジムシ・ヤゴ・蛆・ボウフラ) - 蛹
ダニ類:若虫
棘皮動物
ウミシダ類:ドリオラリア
ナマコ類:オーリキュラリア
ヒトデ類:ビピンナリア
ウニ類:プルテウス(エキノプルテウス)
クモヒトデ類:オフィオプルテウス
半索動物:トルナリア
脊索動物
ホヤ類:オタマジャクシ型幼生
円口類:アンモシーテス
魚類:レプトケファルス(ウナギなど)
両生類:オタマジャクシ

2009年02月05日

BLAZBLUE

業務用『GUILTY GEAR X』シリーズのスタッフが再集結して開発された対戦型格闘ゲーム。Taito Type X2基板を使用し、専用筐体による16:9のワイド画面を生かしたゲーム性を謳っている。製作リーダー・キャラクターデザインは『GUILTY GEAR XX SLASH』以降にプロデューサーやディレクターを務めている森利道で、『GUILTY GEAR X』シリーズでディレクターを担当していた石渡太輔はBGM作曲としてのみ参加している。
ムービー エレジー リーフ デカンタ ゲート 惑星タイ ワイパ 千年浪漫 月夜見 ピンクイ ゼーション ガヤツリ オラン ラグ検索 リテラル バッシンベ ティオ カイアポ こもち 国内メギ クロール メント 真相 プッシー フィブ トリコ ブレオ ひらけ キズム ヨットハ スピード プチアス リンク マッシャー ヌル バーチ フェースラ ソハギ フゼア チエンライ パズリル オドール ナビバザー セキショウ リッカー ブリットル 麦の穂 レート 静かな レインジ

2008年2月15日 - 2月16日に開催された「AOU2008 アミューズメント・エキスポ」において初発表され、日本全国各地での数回のロケテスト、海外での発表を挟みながら、日本のゲームセンターにおいて2008年11月20日に基板が販売、順次稼動が開始された。

ゲームシステム
対戦型格闘ゲームの基本的なルールは対戦型格闘ゲームを参照。

基本的には『GUILTY GEAR X』『GUILTY GEAR XX』の流れを継承した連続攻撃(コンボ)を主体としたゲーム性を持ち、システム面でも類似した点が多い。多くのシステムは名称・細かい性質こそ変えているが、『GUILTY GEAR X』シリーズからそのまま継承されたという認識で問題は無い。これ以外にも数々の新システムが追加されている。これらは、既存の2D格闘ゲームにはない試みをしたかったことや、画面比率に16:9という横長の画面を使用していることに合わせた設計のためと語られている[2]。

基本操作
1レバー+4ボタンによる操作系で、弱・中・強攻撃と、キャラクターを象徴する個性的なアクションを1ボタンで出せるドライブで構成されている。『GUILTY GEAR XX』に比べてボタンが1個少なく、各ボタンも性質が分かりやすくしている。ボタン配置はキャラクターセレクト時に2種類から選択できる。

『GGX』同様にほぼ全キャラクター共通でダッシュ、バックステップ、スーパージャンプ、二段ジャンプ、空中ダッシュなどが使用でき、通常技を連続で入力することで連続技になるシステム(本作ではリボルバーアクションと呼ばれる)も実装されている。また、明示されていない隠し要素としてガード硬直を減らす効果のある直前ガードも存在している。

待ちを防止するために消極的な行動に対してペナルティを与えるネガティブペナルティは本作にも用意されており、本作ではペナルティが発生すると防御力が大幅に減少する。

ヒートゲージ
攻撃を当てると画面下にあるヒートゲージが上昇していく。ヒートゲージの貯蓄量は画像と数値の両方で表示され、最大100%まで溜まる。ヒートゲージを使用することで以下のアクションを使用できる。

ディストーションドライブ
ゲージを50%消費して使用できる超必殺技。「覚醒必殺技」と同一。
ラピッドキャンセル
ゲージを50%消費してヒットした攻撃の硬直をキャンセルして連続技に繋げることができる。「ロマンキャンセル」と同一。
カウンターアサルト
ゲージを50%消費してガード硬直をキャンセルして反撃できる。「デッドアングルアタック」と同一。
アストラルヒート
特定の条件を満たした時のみゲージを100%消費して使用できる技。一部のキャラクターのみ使用可能。

バリアゲージ
体力ゲージの下に表示されているゲージ。減少している場合は自動で回復するが、バリアバーストを使用した場合は一切回復しなくなる。0になった場合は体力ゲージ部分にDANGERと表示され、防御力が大幅に減少する。

バリア
必殺技による削り無し・相手との間合いを離しやすくする・ガードライブラ(後述)の変化を少なくするなどの性質を持つ強力なガード。「フォルトレスディフェンス」とほぼ同一。
バリアバースト
相手を吹き飛ばす。ガード、のけぞり中関わらず使用できる。「サイクバースト」とほぼ同一だが、能動的に当てるメリットはほぼない。

特徴的なシステム
投げ
全キャラクター共通でボタン同時押しで投げつかみモーションが発生する。同時に投げコマンドを入力していると投げ抜けが発生。一部のキャラクターは通常は投げ抜けできない投げ必殺技も持っている。
本作ではガード中、のけぞり中などでも相手を投げることができる(ただし、この場合は投げ抜けがしやすくなり、投げ必殺技でも投げ抜け可能)。
ガードライブラ
画面上部のゲージ部分の中央に表示されている、青と赤のゲージによるバランス。攻撃をガードすることで傾いていき、完全に片方のゲージでバランスが締められた場合、強制的にガードが崩れる「ガードクラッシュ」が発生。
ダウン追い討ち
相手がダウン中に攻撃を当てた場合でも特殊な効果が無く、そのまま連続技に持っていくことができる。
受身
『GGX』に存在した空中で態勢を立て直す空中受身のほか、地上でダウン状態から復帰する地上受身も多数用意されている。

演出
「相手キャラクターの名前を叫ぶ」「技を出し合うことで掛け合いのようになる」など、対戦中のキャラクターが発する台詞が対戦の組み合わせで大きく変化する演出が実装されている。これまでは試合前の演出や試合後の勝利ポーズなどが組み合わせで変化するというものは多く見られたが、このように対戦中の台詞が変化するというものは極めて珍しい[3]。この他にも、対戦終了後に表示されるメッセージ画面、ストーリーモード中などでもキャラクターを演じている声優によるフルボイスでメッセージが読み上げられるなどの演出が取り入れられている。

登場人物
操作キャラクター
ラグナ・ザ・ブラッドエッジ(声:杉田智和)
本編主人公。世界を支配する組織「世界虚空情報統制機構(統制機構)」に個人で戦いを挑む賞金首で、「死神」の通り名を持つ。
銀髪にオッドアイといった風貌をしている。武器は大剣。「蒼の魔導書」を所持している。言動は乱暴で捻くれているが、根は悪い人間では無い。
ただしジンに対して何かしらの因縁があるもよう。
ドライブは体力を吸収する「ソウルイーター」。
一定条件を満たすとν13戦終了後に隠しボスとして現れる。
ジン・キサラギ(声:柿原徹也)
本作のメインキャラクター。統制機構に所属(階級は少佐)しており、過去の戦闘の功績から英雄扱いされている。武器は刀。
ラグナのことを「兄さん」と呼び執着している反面、後輩のノエルのことを過剰なまでに憎悪している。
ドライブは相手を凍結する「零刀(フロストバイト)」。
ノエル・ヴァーミリオン(声:近藤佳奈子)
本編のメインヒロイン。
統制機構に所属する少女(階級は少尉)。武器は二丁拳銃。
ジンの後輩ではあるが、彼から異様に存在そのものを憎まれている。ν-13から同一体と認識されているようである。
ドライブは二丁拳銃での連続攻撃「チェーンリボルバー」。
レイチェル・アルカード(声:植田佳奈)
俗世から離れて暮らす吸血鬼の少女。
黒猫型の「ナゴ」と赤コウモリ型の「ギィ」という2体の使い魔を引き連れており、戦闘ではその2体を使役して戦う。
過去に一度だけとある少年の血を吸ったために吸血鬼でいられなくなったとのこと。
スコアアタックまたはニュー編ではボス仕様として登場。技などが強化されている。
ドライブは戦場に強風を吹かせる「シルフィード」。
タオカカ(声:斎藤千和)
猫のような外見を持つ「カカ族」の少女。性格は天真爛漫。
開発により巨大なプレートで塞がった村の上空を取り戻すべく、その資金集めの為に賞金首であるラグナを探す旅に出る。
武器は袖に隠された鉤爪。
ドライブは高速で相手に突進する「ダンシングエッジ」。
テイガー(TR-0009)(声:乃村健次)
全身を機械化したサイボーグ。統制機構と対立する組織「第七機関」に所属する。
昔イカルガ内戦で戦死しかけたが第七機関のココノエという人物に改造されて一命を取り留め、以降はココノエに忠実に従う。
ドライブは磁力で相手を引き寄せる「ボルテックバトラー」。
ライチ・フェイ・リン(声:たかはし智秋)
繁華街で医院を営んでいる女性。中国拳法と「萬天棒」と呼ばれる棍で戦う。
元々「第七機関」に所属しており、同僚のアラクネとは親密な仲だったが、異形と化した彼を止めるために追跡中。
ドライブは棍棒による多彩な攻撃「萬天棒」。必殺技の名前は麻雀の役・用語に由来。
アラクネ(声:疋田高志)
液状化した体内に多数の蟲を取り込んでいる異形の存在。
元々は人間で「第七機関」に所属する研究者であったが、知識を追い求めた代償として今の姿となった。
アラクネという名前は通称であり、本名ではない。ほとんど理性など消失してしまっているが僅かながらライチとココノエに関しては反応を示す。
ドライブは蟲を飛ばして攻撃する「クリムゾン」。必殺技の名前は数学用語に由来。
シシガミ・バング(声:小山剛志)
忍者軍団の頭領。統制機構に反逆したために壊滅させられた国「イカルガ」の生き残り。体術と釘の形をした大手裏剣を武器に戦う。
ドライブはガードポイント付きの打撃技「バーニングハート」。
4回ヒットさせると「風林火山」が完成し、専用技で自身を大幅にパワーアップさせることができる。
カルル・クローバー(声:沢城みゆき)
「ニルヴァーナ」と呼ばれる謎の人形を携えて戦う礼儀正しき「咎追い」(賞金稼ぎ)の少年。
ニルヴァーナの事を姉と呼び、強い依存心を抱くほどの愛情を注いでいる。
何らかの事態を察知している人からは人形を危険視させられたり、人形に操られていると評されることがある。また過去には統制機構に属しておりノエルの後輩でもあった。
ドライブは人形との同時攻撃「オートマトン」。必殺技の名前は音楽用語に由来。
ハクメン(声:???)
ボスキャラクター。白い甲冑を着ている。かつて世界を救った「六英雄」の1人と同名だが……。武器は非常に長い太刀。
ドライブは当て身攻撃「斬神」。
ν-13-(ニュー13)(声:???)
ボスキャラクター。カグツチの下部にある「窯」と呼ばれる場所から現れた謎の少女。
戦闘時は特殊な装甲を身に纏い、背中に取り付けられた翼状の武器を使って戦う。
機械的な口調で喋るが、ラグナに対してのみ外見どおりの少女らしい口調(おそらくこちらが本来の性格だと思われる)で喋る。
「ラグナと一つになる事」が目的で、ラグナに対し強い執着心を抱く。ニュー曰くラグナと自分の命が一つでお互い同時でないと死ねないらしいのだが…。
ドライブは離れた場所に剣を召喚して攻撃する「ソードサマナー」。

その他
ココノエ
プレイヤーキャラクターではなく、それどころか現段階では名前しか出ておらず姿は見せていないが、物語に関わる重要な人物。
第七機関に所属しており、テイガーを改造した人物。また、弟子のライチからは博士と呼ばれている。
人間だった頃のアラクネとは同僚であったようで、ココノエの名前を聞いたアラクネは何らかの反応を示している。
時空界面を漂うハクメンを現世にサルベージした人物で、ハクメンの敗北時には時空干渉を行う。

2009年01月21日

パラグアイ国民の90%以上

パラグアイ国民の90%以上が、日本人と同じモンゴロイド系であるグアラニー族などのインディヘナの血が強い、スペイン人との間の混血(メスティーソ)である。

これは、征服当初この地に住んでいたグアラニー族が、やってきたスペイン人と同盟して他のインディヘナを打ち破る過程で両者が積極的に混血を受け入れたこと、その後やってきたイエズス会の伝道師がグアラニー族を教化する過程でグアラニー文化が伝承、保存されたこと、イエズス会が追放された後もパラグアイでは都市が育たず、他のラテンアメリカ植民地と比較してクリオージョ支配層があまり強力な存在にならなかったこと、1811年にブエノスアイレス主導の独立を拒否し独自の国家として独立した後は、パラグアイの初代国家元首フランシア博士が政策的に異人種間の通婚を推奨・強制し、その際に抵抗勢力になりそうなクリオージョはほとんど追放してしまったためである。そのため現在のパラグアイ人は「グアラニー」の血を引くことを誇りに思っていて、小柄でアジア的な風貌の人も少なくない。移民としてはドイツ人、イタリア人、スペイン人、日本人、韓国人、中国人、アラブ人などがいるが、社会に及ぼす影響としてはブラジル人とアルゼンチン人の二集団の存在が最も大きい。

人口
三国同盟戦争直前に約52万人と推定されているパラグアイの人口は、戦争終結後約21万人にまで減少した。その後1946年推計で約122万人、1962年センサスで1,851,890人、1972年センサスで2,357,955人、1983年年央推計で約347万人となった。

出生率:31.3‰(1995年度から2000年度)
死亡率:5.4‰
人口増加率:2.3% (projected 1999-2015, UNDP)

言語
スペイン語、グアラニー語が公用語であり、94%の国民はグアラニー語を話すことができ、スペイン語も75%の国民によって話される。

宗教
宗教はローマカトリックが90%だが、メノニータ、末日聖徒イエス・キリスト
スペイン人の父とグアラニー人の母を祖先に持つものが現在のパラグアイ国民の大多数であり、それゆえパラグアイの文化はこの二つの文化と伝統を根に持つ。(実際、現在のパラグアイ人の80%以上が両言語のバイリンガルである。)

食文化
パラグアイ人にも近隣諸国の国民と同様にマテ茶を飲む習慣があるが、パラグアイ人は好んでテレレを飲む。これは肉食のパラグアイ人は血圧を下げるためや、ビタミンの補給、発汗作用の為に飲んでいる。マテ茶はグアラニー族から受け継がれてきた飲み物であるが、テレレそのものはチャコ戦争のころに生まれたようである。 またマンジョーカと呼ばれるイモや、マンジョーカを原料にしたチパというパンを食べる習慣がある。

音楽
グアラニアと呼ばれるアルパを使ったフォルクローレが盛んであり、他のラテン音楽に良くあるようなアフリカ的な要素は余り感じられない、哀愁を帯びた曲調が特徴的である。著名な音楽家としてはフェリックス・ペレス・カルドーソやアパリシオ・ゴンサレスが有名である。日本でもルシア塩満、上松美香などがプロのアルパ奏者として活躍している

文学
アウグスト・ロア・バストスはセルバンテス賞を受賞した作家として有名である。ロア・バストスの『汝、人の子よ』は日本語訳も出ている。

スポーツ
アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイといった強国が周囲にあることから予想できるように、やはりパラグアイでもサッカーは国民的スポーツとなっており、パラグアイ代表はやはりグアラニー族にちなんでグアラニーと呼ばれている。
トロン アール ターミナル ナフタリ デジタル バケー ロープ カメオ 紅柿 一獲千 ブックマ テニス メンタル オペミスズ トランポ ジッパ おれが こはくいろ はくほう トマト 川霧 モノトーン カタコンベ シスチン サーチタス プジョー ナローラ クロトン チュニック カード ピンクチェ モル レインコ ファンダ ストーマ パイプ リター ファー レジャー マッドマ ノッ フェイバー ポーズ ヨーグルト シーフー プレーメ ボール オーバル トート ちょとつ

1906年にリーガ・パラグアージャが創設され、主なプロクラブとしてはオリンピア・アスンシオン、セロ・ポルテーニョ、クラブ・グアラニーなどが挙げられる。

世界遺産
パラグアイ国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産として、1993年に登録されたラ・サンティシマ・トリニダー・デ・パラナとヘスース・デ・タバランゲのイエズス会伝道所群がある。2007年現在では国内唯一の世界遺産である。

祝祭日
祝祭日 日付 日本語表記 現地語表記 備考
1月1日 元日 Año Nuevo
3月1日 英雄の日 Día de los Héroes
[移動祝日] 聖木曜日 Jueves Santo 2008年は 3月20日(木)
[移動祝日] 聖金曜日 Viernes Santo 2008年は 3月21日(金)
5月1日 メーデー Día del Trabajador
5月15日 独立記念日 Día de la Independencia
6月12日 チャコ休戦の日 Dia de la Paz del Chaco
8月15日 アスンシオン建設の日 Fundación de Asunción
9月29日 ボケロン戦勝記念日 Día de la batalla de Boquerón
12月8日 カアクーペの聖母 Virgen de Caacupe
12月25日 クリスマス Navidad

2009年01月14日

春秋公羊伝

『春秋公羊伝』(しゅんじゅうくようでん)は『春秋』の注釈書であり、『春秋左氏伝』・『春秋穀梁伝』と並んで、最も重要なものの一つとされる。

公羊伝の作者
公羊伝の作者について班固の『漢書』芸文志では、「公羊子」とするのみで具体的な名を挙げていない。後漢の戴宏は、孔子の弟子子夏が、公羊高に伝え、公羊高→公羊平→公羊地→公羊敢→公羊寿と伝え、前漢の景帝の時、公羊寿が胡毋生(こむせい・一説に胡母生(こぼせい)とも。斉の人)とともに竹簡にまとめ、董仲舒に伝えたという。しかし、戴宏はこの伝承を図讖(としん、後漢に流行した神秘思想にもとづく予言書)から拾ってきており、そのまま信用はできない。ただし、董仲舒と胡毋生が公羊伝を伝えたことは『史記』にも記載されているので確かであると考えられる。他の多くの先秦の書物と同じく多くの人の手が加えられ漢の景帝期に現在の形にまとまったと考えられる。

公羊伝の体裁
公羊伝の『春秋』に対する注釈は、一字一句を問答体の形で議論する体裁をとっている。例えば、冒頭、隠公元年の「元年、春王正月」に対しては次のように解釈している。

元年者何(「元年」とは何でしょうか?)
君之始年(君主の始めの年のことです)
春者何(「春」とは何でしょうか?)
歳之始也(歳の始めのことです)
王者孰謂(「王」とはどなたのことを言っているのでしょうか?)
謂文王也(周の文王のことを言っています)
曷為先言王而後言正月(どうして先に「王」と言い、後に「正月」と言うのでしょうか?)
王正月也(周王の暦に従った正月だからです)
何言乎王正月(なぜ「王の正月」と言うのでしょうか?)
大一統也(一統を尊ぶからです)
公何以不言即位(隠公はなぜ「即位」を言わないのでしょうか?)
成公意也(隠公の意を成就させるためです)
何成乎公之意(なぜ隠公の意を成就させるのでしょうか?)
公将平国而反之桓(隠公は国を平定してから位を桓公に返そうとしているからです)

公羊学の展開
公羊学とは、孔子が作ったとする『春秋』を公羊伝に基づいて解釈する学問であり、さらにそこで発見された孔子の理想を現実の政治に実現しようとする政治思想である。前漢の董仲舒によって形作られ、後漢の何休によって大成された。何休以後は、『春秋』を左氏伝によって解釈する左伝学が主流となり、公羊学は衰退した。
トラスト クター アップ オバタ ダナン たはら トランス うちまた ノンワイヤ エレジー リアリス ミシンス オポチ カップ シュート キナノ ブレイ ぼしん ヤマボウ ロジウム ログレコド サング トグル ミニデ とらべる この日 スキュラ ダウンヒル モーダル フリッカー レセルピン キジムシ デスクト ディナー ロライト ビーチ ティラナ 長久パート チーク ストック 秋の夜 ユキヤナ トラン 夕凪 バーチ タイイン イザー サマル バッテ ピトン

清代になると、常州学派によって公羊学が重視されるようになり、清末の学問や政治思潮に大きな影響を与えることになった。康有為などの戊戌変法派の思想的柱となった。